
静寂の時間 no.8
- sotonoin
- 12 時間前
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焙煎後に溢れ落ちて灰になった珈琲豆遺跡が見つかる。
かたちはそのまま。
飲んでも灰の味しかしないだろうから、飲料としてのコーヒーのアイデンティティはすでにないけれど、それは誰が見てもコーヒー豆に見えるし、もともとコーヒー豆そのものではないか。
熱によって色付けされてゆき
香り、
また、
熱によって色を失ってゆく。
それか、
熱によって白色になってゆくのか。
白 純朴 無垢 タブラ・ラサ
老い。
「老化とは、とりわけ、乾燥過程から成っている。三ヶ月の胎児は九四パーセントの水を含んでおり、新生児は六九パーセント、成人はたった五八パーセントしか含んでいない」
(フォルケ・ヘンシェン 『老化の問題』より)
「水分の欲しくなる理由は私が老人であるからだ。」
(堀 秀彦 『石の座席』 より)
焙煎されたコーヒー豆と人は似ている。
どちらも、時間をかけて水分を失っていく
ということ。
そして、年齢とともに深みが増してゆく
ということ。
でも、人はきっと変わらない。
変わらないというのは、"変化しない" ということではない。
その人自身の純朴な魅力は、誰もが先天的に持っていて、本人がそれに気がつくまで、きっと "変わらず" にその時を待ってくれている、という気がする。
変わらない、本質的な魅力にその人自身が気がついた時、
その時を
"変化" と呼ぶだけだろう。

